DX・ITコンサル会社のM&Aで行うデューデリジェンス(DD)は、決算書の数字だけでなく、顧客との約束を誰が、どの権利と体制で履行できるかを確かめる調査です。導入支援、開発を伴う案件、運用・保守では、収益の発生時期も残る責任も異なります。譲渡企業は資料を大量に並べる前に、契約・案件・担当者を対応づけ、説明できない点を把握します。
この記事では、買い手が確認する資料と照合方法、未解決事項を最終条件へ反映する考え方を整理します。業界一律の価格倍率や、技術者・顧客が必ず残ることを前提とする評価は扱いません。
1.譲渡対象と情報開示の範囲を先に決める
会社全体の株式譲渡か、特定事業・案件の譲渡かによって調査対象が変わります。対象となるサービス、契約、従業員、成果物、システムを一覧にし、対象外の事業と共有する人員・費用・契約がないかを確認します。事業部別の数字がなければ、配賦方法とその根拠も説明できるようにします。
初期の候補先検討では、顧客名や案件を特定しにくい集計情報から始めます。秘密保持契約(NDA)に加え、譲渡側が開示する相手と範囲を了承してから詳細資料へ進みます。顧客から預かったデータや職員の個人情報は、NDAだけで自由に開示できるものではありません。必要性、法令・顧客契約の条件、利用目的、閲覧権限、安全管理、交渉不成立時の返却・削除等を確認して取り決めます。
2.顧客契約を実際の作業・検収と照合する
基本契約だけでなく、個別契約、注文書、仕様書、作業範囲の合意、変更依頼、検収記録を案件単位でそろえます。「請負」「準委任」という名称だけで判断せず、納品・報告の内容、顧客側の協力事項、追加作業、再委託、解除・返金、損害賠償の条件を読みます。担当者間のメールだけで変更した範囲があれば、当初見積りとの差を整理します。
株式譲渡では契約当事者の法人は同じですが、支配権変更(CoC)の承諾・通知条項や、特定の責任者の関与を条件とする条項を確認します。事業譲渡では移す契約上の地位と相手方の承諾等を個別に確認し、必要な手続きと担当者を一覧にします。「取引を継続できそう」という営業上の見込みと、契約上の確認済み事項を混ぜないことが大切です。
3.受注残、案件採算、入金を分けて確かめる
商談中の案件と契約済みの受注を分け、継続顧問・単発プロジェクト・運用保守・成果連動報酬ごとに売上の条件を確認します。契約金額が決まっていても、未実施の作業や検収条件が残っていれば、全額が利益や回収済み資金になるわけではありません。更新率を見るときも、対象期間、対象顧客、解約・縮小の定義をそろえます。
案件一覧の金額を、会計帳簿、工数記録、外注請求、検収記録、顧客への請求、入金明細へ結び付けます。未請求・未検収、回収遅延、前受金に対応する残業務、無償の追加対応を区別し、残原価と担当者を確認します。高い稼働率だけでは、追加対応による採算悪化や休暇取得の余地までは分かりません。
代表者や限られた責任者が担う営業・品質管理を引き継ぐための費用、一時的な損益も整理します。調整前の実績と調整理由を残し、継続収益を二重に加算しないようにします。DDで判明した事実は価格だけでなく、引継ぎ期間、対応費用の負担、支払条件の検討材料にもなります。
4.人材・委託先の継続性を役割ごとに確認する
営業、提案、プロジェクト管理、技術判断、顧客窓口を誰が担っているかを整理し、資格・経験、担当案件、勤務・稼働状況、育成・代替体制を対応づけます。資格の名称だけでなく、有効性や案件の要件との関係を確認し、特定ベンダーとの契約・認定条件も読みます。人員数だけで品質と納期が維持できるとは限りません。
従業員と外部委託先を区別し、報酬、未払費用、知財・守秘の取り決め、再委託条件を確認します。事業譲渡で労働契約を移す場合は、労働条件等を説明・協議したうえで、本人の真意による個別承諾を得る必要があります。株式譲渡へこの手続きを一律に当てはめず、いずれも必要な説明・協議の時間を確保します。残留意向や引継ぎ可能期間が未確認なら、確定した体制として示しません。
5.成果物・顧客データ・運用権限を引継げるか確認する
提案書、教材、テンプレート、プログラム、設定資料等は、自社の資産、顧客に権利が帰属する成果物、第三者からの利用許諾に分けます。社内にファイルがあることと、買い手が自由に再利用できることは別です。従業員・外注先との契約、顧客への譲渡条項、外部ソフトウェアや素材のライセンス条件を根拠に、使える範囲を確認します。
リポジトリ、クラウド、運用監視、顧客環境へのアクセスは、契約名義・管理者権限・認証手段を別々に整理します。顧客データを含む資料をそのまま評価用の共有フォルダへコピーせず、閲覧者と開示方法を限定します。障害・事故・苦情と対応履歴、未完了の是正、データの返却・消去条件も確認し、決済時の切替とその後の運用担当を決めます。
6.資料は7分類に整理し、照合先を明示する
次の表は準備の出発点です。全資料がそろうまで相談を待つ必要はありませんが、「未作成」「所在不明」「相手方への確認待ち」を分け、作成日・対象期間・管理担当者を添えます。買い手に渡した版を記録し、更新時には変更箇所が分かるようにします。
| 資料の分類 | 用意するもの・照合する点 |
|---|---|
| 顧客契約 | 基本・個別契約、変更合意、検収記録。実作業、承諾・通知、解除や責任の条件を照合。 |
| 案件採算 | 案件別売上・工数・外注費。帳簿との一致、追加対応、残業務と残原価を確認。 |
| 受注と回収 | 注文書、見込案件一覧、請求・入金明細。確度、未検収・未請求・前受・回収遅延を区別。 |
| 人材・外注 | 役割・担当案件・稼働一覧、雇用・委託契約。代替体制、意向、説明や承諾の必要性を確認。 |
| 知的資産 | 成果物・教材・コード等の一覧と根拠契約。所有、利用許諾、顧客への権利帰属を区別。 |
| 情報管理 | データの所在、権限表、事故・是正履歴。委託条件、必要な安全管理、返却・削除を確認。 |
| 承継準備 | 承諾・通知一覧、権限切替表、引継ぎ担当表。期限、未回答事項、決済前後の担当を確認。 |
7.未解決事項を条件交渉と決済の計画につなぐ
質問台帳には論点、根拠資料、回答、未確認部分、担当者、期限を残します。契約と実態が違う、数字が一致しない、重要な権利が確認できない場合は、問題を隠さず、追加調査、是正、譲渡範囲や条件の見直しを検討します。回答が得られていないことと、リスクがないことは同じではありません。
基本合意では価格等の条件と条項ごとの拘束力を確認し、DDの結果を最終契約へ反映します。必要に応じて専門家と、表明保証・補償、前提条件、対応費用等の負担を検討します。最終契約の締結と決済を分け、必要な承諾・資金等の条件、入金、対象契約や運用権限の移転を照合します。顧客・従業員への説明や重要な手続きを、一律に決済後へ先送りしない工程表が必要です。
8.最初は主要案件の資料と未確認事項から
まず主要案件の契約と月別・案件別損益を対応づけ、責任者、残業務、引継ぎ上の懸念を整理します。調査範囲や開示方法は、譲渡方式と案件の重要性に応じて決めます。全体の検討項目はコンサル業界M&Aガイド、資料を出す前の考え方は情報管理方針でも確認できます。
制度の参考:民法(契約上の地位の移転・第539条の2)、個人情報保護委員会・通則編(事業承継)、厚生労働省・事業譲渡等指針。
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